忍者ブログ
日常や感想。 時々小ネタ。
[289]  [288]  [287]  [286]  [285]  [284]  [283]  [282]  [280]  [281]  [279
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

怖い夢を見た、気がした



ひゅっ、と息を吸い込むような勢いで、目が醒める。
嫌にはっきりと開いた瞼からは就寝前の重さは消え失せていて、瞬いた睫毛に触れる冷ややかな夜気に、脳もようやっと覚醒したか、全身でそれが現実のものなのだと認識した。

途端、心臓も今動き出したかのように鼓動を早め、僅かに体温も上がる。
吐き出した息が熱かった。

何か、とても、怖い夢を見た、気がした。

けれども先ほどまで見ていたはずの情景は脳内に結ばれる事無く霧散していき、あとには微妙な気分の悪さだけが残る。
己が、何を怖いと思ったのか知りたかった。
けれど悪夢などそんなものだ。

暫くそのままでいると、徐々に心臓も落ち着き始め、一度深く息をついた。
室内は真っ暗闇ではなく、月明かりか街灯かでうっすらと青みを帯びている。窓は、開いていた。
流れてくる冷たい空気にもう秋なのだとぼんやりと思い、しかしそれによって冷やされた額に汗をかいていることに気が付く。
咄嗟に拭おうと腕を動かしたけれど、それで拭ったところでその腕に付いた汗を拭き取る物が無く、結局面倒になってそのまま腕を下ろした。

気だるい体を起こす。そうして空気が混ぜられたためだろうか。己に纏わり付く夢の余韻か、気分の悪さとは別に、どこか優しい、馴染んだ気配を感じた。
己のものとは違う匂いの、けれどそれが己を害する事のないものだと知っている。

けれどここは自室で、今は真夜中で、それがあるはずも無い、のに。

つい、と首と視線をめぐらせれば、それは、いた。

「…おま、何やってんだ」

もともと白い肌と髪が、夜の色に染まって薄蒼い。頬に影を落す睫毛が、僅かに光るようだった。

それは、ベッドと平行になる向きで部屋の壁に背を預けて座り込み、腕を組んで、目を閉じていた。
というか、多分恐らく、―寝ている。

「ええー…」

夜中に目を覚まして、部屋の中に自分以外の誰かがいたらそれはまぁホラーかミステリーかサスペンスだ。叫んでもいい場面だろう。ましてや相手は人間ではないのである。
とはいえそれを解っている時点で、そもそもその正体を知っているわけであるから、怖いということは無い。
相手は、己の恋人でもあるのだから。

「とーしろう、」

視界の端で、カーテンがはためく。なるほど、そういえば己が寝るときには窓は閉まっていたはずだった。先ほど、意識するほどでなく感じた違和感の正体に納得しつつも、彼がそこにそうしている事にはどうにも頷けなかった。
夜、部屋に来ることは珍しくはない。だが、彼が来た時己は眠っていたのであろうし、ならば起こしてくれればよかったのだ。それで気分を悪くするような間柄でもない。
それが躊躇われたのだとしても、帰ればよかったのに。

「とうしろう」

ベッドの上から今一度呼びかけると、小さく顰めたかすかな声が届いたのか、それとも動く気配を感じたのか、白い瞼が震えた。
ゆうるりと現れた翡翠の玉がくるりと動き、己を映す様を黙って見据える。そのまま、彼の声が聞こえて来るのを待った。

「いちご」
「…何、やってんの。お前」

少し前に発して届く事のなかった問いを、もう一度繰り返す。
一つ瞬きをした彼は、未だ覚醒してはいないだろうことが容易に知れる声音で、億劫そうにこぼした。

「別に。寝ているだけだ。…気にするな」

…気にするなといわれても。
しかし、言うなり彼は再び瞼を閉じてしまった。どうやらそのまま寝入るつもりのようで、意味が解らなくて困惑する。
眠るのならせめて布団で、と己の隣を空けようとしたけれども、冷えた汗でしっとりと濡れた感触の残る場所に誘うのは気が引けて、開きかけた口を閉じた。

ぎしり、とベッドの軋む音がやけに大きく聞こえて、それを気にしてか自然と足を忍ばせる。
ひたと短い距離をゆっくり歩いて、―目を閉じたままの、彼の隣に腰を下ろした。

冷たい壁に背を預けて、息をつく。
知らず漏れたそれが、冷えた壁の心地好さからだったのか、それともそこが彼の隣だからだったのか。
ほんの一瞬視線を感じただけで、また閉じられたらしい瞳の色を思い出して、一つ息を吸う。
目が醒めた時にあった不快感は、もうほとんど感じなくなっていた。

気配も、においも、色も、声も。
その全てが、己の体と心に纏わり付いていたはずの嫌な感触を―それは不安と呼べるものであったかもしれない―、柔らかく拭い去っていく。
最後にもう一度息を吐き出して、目を閉じた。

もうここには、怖いものなど、無い。

額に残った最後の不快を拭ったのは、暖かな唇だった。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
朔十
HP:
性別:
非公開
趣味:
読書・ゲーム・お絵描き・妄想・ツッコミ(笑)
バーコード
ブログ内検索
忍者ポイント広告
忍者ブログ [PR]